コラム

棉を紡ぎながら

  • ロックじゃないじゃん… new

    2021-04-06|

    <自給率0%の衝撃>

    わたしがコットンに興味を持ったきっかけは、

    日本はコットンの国内自給率がほぼ 0% と知ったことからです。

    ほとんどの人が毎日身につける服の原料の自給率が0%です。

    仮にそれが30%程度であればなんとなく聞き流したのかもしれません。

    しかし0%です。

     

    どうして?

     

    信じられませんでした。

    私は毎日コットンを着ます。

    Tシャツ、ジーンズ、パンツ、靴下と見事にコットンです。

    これらの原料は全て、日本ではなく海外で栽培されています。

    日本製、メイドインジャパンとあっても原料が日本産である可能性はゼロなのです。

    日々の生活に必要不可欠な原料栽培がゼロです。衣食住の衣は全て外国頼みです。

    衣というとピンとこないかもしれませんが、ファッションに興味がある方は大勢いると思います。

    そのファッションの源である原料栽培が0%であり100%を輸入に頼っている現状に違和感がありました。

     

    <なぜ、違和感があったのだろう>

    毎日身につけ日常生活に必要な原料の自給率が0%と知ればそれだけで充分なのですが、

    私がとくに違和感を感じた理由としては、音楽に関係があるように思います。

    私のキャリアは、バンドマンから始まりジャズ業界、レコード会社、そして広告会社での音楽企画等、

    ずっと音楽を生業にしてきました。そして音楽の仕事の中でTシャツは欠かせないアイテムでした。

    バンド名、主義・主張、テーマや様々なメッセージがプリントされたロックTシャツやフェスTシャツ。

    それらはいつも音楽の側にありました。

    しかしそんなTシャツの原料栽培がゼロ。

    欲しくても買えない。 日本産のTシャツは存在しないのだ。

    大切なメッセージを描くTシャツを自力では作ることが出来ない。

    何か矛盾しているような、腑に落ちない感じでした。

    何かロックじゃないような、、、

    うわべだけ、見せかけだけ、のような気持ちにもなりました。

     

    <調べてみました>

    日本が原料の100%を輸入している海外で栽培されるコットンには、大量の農薬や枯葉剤が使用されていました。土壌や身体に悪いと分かっていても全ては生産効率のためにこれらの薬は使用されています。しかも途上国等の学校に行けない子供達は防護服無しでこの環境の畑で働いたりしています。

    生産効率を優先するために外国の土壌と栽培に従事する人達の健康を害して作られるコットン。

     

    大切なメッセージを描くTシャツが出来る畑は、農薬まみれだったのです。

     

    とても残念で申し訳ない気持ちになりました。

    しかし、これは今日も明日もずっと続いていきます。

    生産効率、自由競争と経済社会のために土壌や身体に悪いと分かっているのに続けていきます。

    環境汚染と健康被害を承知の上で今日もTシャツやタオル等の音楽グッズは生産し続けられます。

     

    ロックじゃないじゃん、、、

     

    落ち込んでいるときには元気をもらったり、疲れているときには癒されたり、人生観が変わるような音楽との出会い、自分を成長させてくれる音楽。そんな音楽に携わるTシャツは環境汚染、健康被害を起こしてはいけないと思いました。除草剤、殺虫剤、枯葉剤等の薬剤を使わずに、胸を張ってメッセージを表現出来るTシャツを作れないものだろうか?

     

    <さらに調べてみました>

    実は日本にもかつてはコットン栽培があったのです。

    調べてみると日本のコットンには興味深い歴史がありました。

    平安時代に伝来し紆余曲折あって室町時代に大ブレイク、江戸時代には庶民衣料をカバーしました。

    この時代は農薬も殺虫剤も存在しなかったのでもちろん無農薬の有機栽培コットンです。

    肌触りが良く、汗をかいても吸収しすぐに乾く。さらには寒さも凌ぐことが出来たのです。

    この優れた植物の栽培はすぐに拡がり、全国各地では競って織りの技術も発達しました。

    日本のコットンは「和綿」と呼ばれ、江戸時代には寒冷地以外の全国で栽培生産されました。

    しかし黒船、幕末の到来です。

    外国の植民地にならないために日本には近代化を推し進める必要がありました。

    開国後は外国製の紡績機械とコットンを使用して出来た綿布の輸出が日本初の輸出産業となりました。

    当時日本国内の人件費はとても安かったので、安い綿布は海外でたくさん売れました。そして、輸入されるコットンの関税が撤廃されるなどして徐々に国内栽培は衰退し、遂には絶滅に追い込まれました。

    そうして「和綿」と呼ばれた日本の在来コットンは栽培放棄されてしまいました。

    日本の気候で育つコットン「和綿」

    湿度の高い国での暮らしに向いている「短い繊維」

    日本らしさを持ったコットンです。

    しかし、遂には栽培放棄。

    なんだかかわいそうに思いました。

     

    <やってみよう>

    まだ和綿が完全に絶滅していないのなら栽培を始めたいと思いました。

    無農薬の有機栽培で種まきから。

    種まき前には土作りです。

    土壌はアルカリ性が好ましいなど初めて知ることがたくさんありました。

    日本の土壌は通常酸性らしくアルカリ性にするために牡蠣殻や石灰などをまぶし耕します。

     

    服の原料は布とばかり思っていたので、その正体が農作物だったことは新鮮でした。

     

    種まきから2週間ぐらいで発芽が確認出来ました。

    種を割って出てくる新緑の双葉には小さな命を感じます。

    双葉が出ても土中の根切り虫などに食べられました。

    しかし虫目線で考えればさぞ美味しかろうと思いました。

    バクテリアが土を分解し、

    肥沃な大地は種を発芽させ、

    発芽した双葉は虫に食べられ、

    虫は鳥などに食べられる。

    自然の営みの中にいろんな生き物がいることを実感しました。

    種まき後、栽培の中心はほぼ草取りでした。

    発芽したばかりのコットンは細く、背も低くいため他の草の陰になってしまい見えなくなってしまいます。

    コットンは残し、他の草は取る。 他の草に申し訳ないようにも思いました。

    コットンばかりが残されていることがわかると、抜かれにくいようコットンに身を寄せる草や形を似せてくる草も多く、彼らの生き抜く知恵には感心しました。

    そして花が咲き、蕾が出来ると収穫はもうすぐです。

    太陽をいっぱい浴びて大きく膨らんだ蕾が秋から弾け始めます。

    蕾が開きかけるとその隙間から白いふわふわが見えます。

    早くすっかり開かないかな、待ち遠しいです。

    世界標準としては、

    待っていられないので枯葉剤を撒いて強引に開かせます。

    無農薬・有機栽培としては、

    ただ待ちます。

    弾ける時期が早いのと遅いのがいます。子育てのようです。

    そして初めての収穫。

    眩しいぐらいの白さやふわふわはとても新鮮でした。

    これを着ているのか。これが服になるのか。

    しかし一体どうやって?

    全然わからないけど、これを着ているのだ。

     

    <さらにやってみよう>

    収穫されたコットンが一体どうやってTシャツになるのか?

    これまで考えたこともありませんでした。

    糸にしてから布にする。

    確かに言われてみればそんな気もします。

    ある日、手で糸を作れる「糸つむぎ」のことを知りました。

    手で糸が出来るのか!手は凄いなぁと思いました。

    早速やってみるのですが全く要領が得られません。

    内容は「ねじりながら引く」だけなのですが、それが難しい。

    自分は器用だと思っていたのでショックでした。

    初めての挑戦はコットンをネジネジするだけで終わりました。

    しかし、もし糸が出来るようになれば、それを布にも出来るはず。

    線(糸)であるものが面(布)になると身に纏えるのか、そう思うとワクワクしました。

    やる気さえあれば出来るのだ、ワクワクに夢中になりました。

     

    <いろいろ気がついた>

    日中は仕事があるので毎晩寝る前の15分と決めてやりはじめました。

    感覚的なものでもあるのでとにかく毎日コットンに触れるように心がけました。

    ネジネジ期間からなかなか抜け出せないでいること数日間。

    徐々に細く出来て、切れないようにするコツや調整の仕方もわかってきました。

    そして遂に何かが舞い降りて来たのです。

    「あぁ、こうゆうことか」「うんうん」

    何か大きな不思議が解けたような、遂に長いトンネルから抜け出せました。

    トンネルから抜け出した後はワクワクが止まりません。

    細かな繊維が紡がれ一本の糸に成っていく様子を見ているだけでも心が落ち着きました。

    糸を紡いでいるととても気持ちが整理され心が落ち着きます。

    仮にイライラしていると上手くいかないことが多いです。

    そして過信や油断をすると切れてしまいます。

    油断大敵です。

    常に謙虚な気持ちが必要です。

    しかし糸が切れたり解れたりしても繊維がすぐに仲間を集めて繋がってくれます。

    コットンを触っていると衣食住に直接触れているような不思議な安心感があります。

    土から成る第一次産業無しでは何も始まらないということを考えるようになりました。

     

    <すこしだけわかりました>

    今思うとパンドラの箱を開けてしまったような気がします。

    音楽の仕事からTシャツやコットンのことが気になり、

    調べてみると自給率、農薬問題、和綿と歴史にたどり着き、

    気がついたら糸を紡いでいました。

     

    Tシャツはもちろん、全ての布は糸の集合体でした。

    織る、編むなどの加工をして布が出来る。

    布はさらに加工され洋服になる。

    ゆえに糸がなければ何も出来ません。

    糸の凄さを体感しました。

    糸を作る、紡ぐことは尊いことではないだろうか。

    やってみたことで体感できました。

    ガンジーの伝えたかったことが少しだけ理解出来たようにも思えました。

     

    種まきから実践することで、服は土から成ると思うようになりました。

    服だけではなく、衣食住の原料は全て土が作ってくれています。

    「土と太陽と少しの雨」で全てが出来ていることに気づかされました。

    ゆえに自然を汚してはならない。

    あたりまえのことでした。

     

    <ロックなTシャツ>

    そして原点に戻ります。

    日本で発信するメッセージを描くTシャツは和綿でありたい。

    日本の気候で育つ原料素材をこの国で纏いたい。

    無農薬・有機栽培(オーガニック)・エシカルなTシャツ。

    しかし現実に叶えるためには大量のコットンが必要です。

    先ず現実的なのは含有だと思います。

    その年の収穫により5%や10%の和綿を外国産オーガニックコットンに含有する。

    毎年含有率が変動することで農作物であるということを感じることにも繋がります。

    ワインなどのように毎年の収穫をお祝いして楽しむ。

    そんな遊び心を持ちながら日本古来の在来種を日常生活に取り入れたい。

    栽培する人、加工する人、販売する人、買う人、みんなハッピーになれる。

    大切なメッセージを描くTシャツはハッピーでありたい。

    これがカッコよくてロックなTシャツだと思います。

    楽しさ、癒し、思いやる優しい気持ちで平和を築くことだって出来るはず。

    音楽には様々な可能性とチカラがある。

    そんな音楽から創るTシャツをロックにしていきたいのです。

     

    Tokyo Cotton Village 13th Anniversary

    トミザワタクヤ